「ごめんね。また派手に痕が残っちゃったね」
貴方はいつも、申し訳なさそうにそう言うけれど、当の本人はいっこうに構わない。
二の腕。胸元。足首。
まだ出来立ての、鮮やかな縄目が身体の至る所を彩る。
「いいんです。わたし、縄の痕がつくの、好きですよ」
当の本人は、決まっていつもそう答える。
痕がつくのが心地良い、というよりは•••消えていく様を見る事に安心を得ている、と言った方がいいのかもしれない。
〝この痕を見ると、貴方を思い出すから〟
本当にそれだけ?
なんだかしっくりこない。
だって。痕をつけられたほうばかり忘れられないでいるのは、なんだかフェアじゃない気がするから。
少しずつ、薄れていく痕を見ながら、痛みやいろんな感情も、いっしょに消えていくのを確認する。
そしてまた、新たな痛みに向かっていく。
いつの間にか、痕が増えてゆく。
痛みも傷も、新鮮な方がいい。
マゾヒストは案外と現実主義者だ。
そんなにロマンチストな生き物ではないの。
概ね従順。そして、少しの我儘。
「縄ってなんだか、人形みたいじゃないですか。長年使えば使うほど、血と汗と涙、人のいろんな想いや感情を、吸い尽くしていそうじゃないですか」
わたしは、冗談交じりに悪戯っぽく笑う。
「はは。面白いこと言うんだね。確かに、攻め手と受け手の念のようなものが染み付いてそうだよね」
麻縄を使った縛りは、SMの中でも、特に情念に満ち溢れたプレイであるように思う。
受け手の表情は、苦悶にも、憂いにも、悦びにも、幾多に受け取れる。
全てを委ね、受け入れているようにも見え、逸らした視線が、少しばかりの迷いを感じさせるような気もし、撥ね除けるような強さが、目の光に宿っているようにも感じられる。
「帰りの電車の中で、誰かに見られたりしたら恥ずかしくないの」
「主従の世界の暗号みたいなものですから、どう見られるかなんて考えたこともなかった」
本当言うと、わたしはきっと、少し強がりを言っている。
だって。わたしの身体には痕ばかり残ってく。
今日も厳しく戒めてくださって構わない。いつだって、そう。
でも。ほんの少しだけ、わたしはわたしを、抱き締めてあげたい。
この、きついきつい、縄の下でひっそりと。心にけして痕が付かないよう。
それでも。今日も。きっと。
〝いつでも思い出せるよう、きつく縛ってください〟
そう笑顔で志願する。